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Re: 上石神井の

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 7月23日(月)18時58分2秒
  こたけさん、おいでやす。
物件情報ありがとうございました。
“新宿線”というのは、西武鉄道の“新宿線”ですよね。
クルマに乗らない私は、首都高の“新宿線”が練馬を通っているのかと一瞬カンチガイしそうになりました。都営地下鉄の新宿線やJRの湘南新宿線はルートがちがう、ということはわかるのですが。
Google Map で上から見たところ、上石神井の西武鉄道の電車区みたいなところのすぐ南側に、それらしい物件を確認いたしました。
 
 

上石神井の

 投稿者:こたけ  投稿日:2007年 7月22日(日)23時55分28秒
  こんばんは。
土木構造物好きとしては、給水タンクの大本?のダムにも興味あります。
8月には小河内ダムの公開もありますから、行ってみたいですよ。

で、また塔の報告です。
今回は練馬区の千川通りと新宿線の交差付近にあったものです。
降りて近くで見たわけではないですが、水道局の文字もありましたし。

これからの季節、タンクの中身がビールだったらいいなぁ~ と思わせるタンブラーのような物件でした(笑
http://photos.yahoo.co.jp/kotakemol04
 

Re: 水不足?

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 6月22日(金)20時26分46秒
  こたけさん、おいでやす。
冬場に雪は降らず、梅雨時に雨は降らず、というありさまでは、この夏の給水はかなりキビシそうですね。
配水塔や高架水槽がいくらあっても、北関東のダム群がカラになったらどうにもなりません。
いっそのこと徹底的な給水制限を昼夜を問わず実施して、東京の給水機能には大いに問題があるという事実を全世界にアピールしたほうがいいのではないでしょうか。そうなったら、都知事らの推進するオリンピック招致運動に水をさすことになり、災いを転じて福となすという結果を招くかもです。
 

水不足?

 投稿者:こたけ  投稿日:2007年 6月22日(金)00時04分24秒
  こんばんは。ご無沙汰しています。
大谷口給水所も相変わらずなので、記事にするだけの変化を見ることができません(笑

まあ気長に待っている現状ですか。

梅雨はどこへやら、このままいくと今年の夏は水不足になりそうな気配ですね。
給水タンクってそういう時にこそ活躍できそうな気もしますが、さすがにこれだけ人口が増えてしまうとさすがに焼石に、ですか。

ニュースで香川県の渇水状況が出ていましたが、その時に塔のようなタンクが写っていたのでそんなことを思ってしまいました。
 

Re: 心霊写真?

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 6月11日(月)21時12分30秒
  うすあげさん、おいでやす。
太田市水道局のサイト 内にある 太田の水道施設マップ には、この物件に関する記載がありません。でも現地に行くとたしかにあるのです、といいたいところですが、ひょっとしたらカメラ内に蓄積されたタンク霊がうつってしまったということなのかもしれません。こんどスピリチュアル・カウンセラーのケーシー出腹氏にカメラの除霊メンテをお願いしようと思います。関東カメラサービスあたりに持って行っても断られると思いますので。
 

心霊写真?

 投稿者:うすあげ  投稿日:2007年 6月11日(月)14時01分39秒
  トップページの新田水道庁舎の写真を大画面にして見ていたら、なぜか鳥肌がたちました。楽しい給水塔の写真だと思ったのですが、なんだったのでしょう。もしかしたら、この給水塔はすでになく、現地に行っても実際に見ることはできなくて、写真にだけ写るということは・・・まさか、ありませんよね?  

一時閉鎖のお知らせ

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 5月 6日(日)14時23分18秒
  サーバーのメンテナンスにともない、当サイト“ALL ALONG THE WATERTOWER”が一時的に閉鎖されます。閉鎖期間中は、サイトの閲覧ができなくなります。閉鎖期間は下記のとおりです。

2007年5月9日(水) 深夜0:00 ~ 15:00

なお、この伝言板“給水塔からずっと”と、blog“癸卯雑識”は、サーバーが異なりますので、閉鎖期間中も通常通り営業しております。
 

ん~

 投稿者:こたけ  投稿日:2007年 5月 4日(金)00時55分12秒
  なるほど、確かに情報の出所を書かなかったのはこちらの手落ちでした。
といって、その情報が正確かどうか検証するだけの知識にまで手は回らないのですよね。
(板橋ライフについてもそうでしたし)
それを言ってしまうと、”じゃあそんな情報を載せるな!”と言われそうですが。

そのあたりはまたこちらで勉強させてもらうとして、中島さん関連のところは削除することにします。

今後もこんなことがあると思いますけど、そのときはまた批評してください。
で、あきれないでこれからも見てやってくださいね。
 

Re: 駒沢など

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 4月15日(日)21時46分44秒
  正直いってこたけさんのブログ 越後屋たぬき駒沢水道タンク と題された記事を読んだときには頭がクラクラしました。ここの掲示板に出入りしているあのこたけさんが書いた文章だとはとても思えなかったからです。冒頭の3行を引用させていただきます。

私がブログを始めた契機が地元大谷口の給水塔(水道タンク)の解体にあったのですが、
その折に、このタンクの意匠が中島鋭治という人の手に成ることを知りました。
その中島さんがデザインした給水塔が都内には3箇所あります。


いきなり駒沢、野方、大谷口の三物件の中島鋭治設計説がその出処を示さないかたちで出てくるわけです。こたけさんもその筋のヒトだったとは!

こたけさんはよく情報や知識の量について言及されていますが、私は量に加えて質も重要な要素だと考えております。web 上を行き交う中島鋭治設計説等の配水塔に関する諸説は、例のいたばしらいふの記事もそうなのですが、情報の出処や参考文献が示されていないものばかりで、あぶなっかしくてとても信用することはできません。結局信頼することのできるのは、その筋の研究者のかたが記した紙媒体の文書ということになってしまうわけです。
たとえば私がしばしば引用させていただいている伊東孝氏〈専攻-都市計画(史)、土木史、景観工学〉の『日本の近代化遺産』(岩波新書 2000年)ですが、その巻末の参考文献リストには、配水塔関係だけでもこれだけの文書名があがっています。

『日本水道史 各論編I』(社)日本水道協会,1967年
『中島工学博士記念 日本水道史』『同付図』中島工学博士記念事業会,1927年
『荒玉水道町村組合彙報』東京府荒玉水道町村組合,No.17~27,1928年1月~11月
「荒玉水道(大谷口給水場)配水塔設計計算書」(青焼き)
『荒玉水道抄誌』東京府荒玉水道町村組合,1931年
伊東孝「丘上のツゥイン・クラウン」『建設業界』1998年10月


これらの資料の内容を精査したうえで、伊東氏はこのように記しているわけです。

配水塔に設置された銘版から、主に東日本の上水道敷設に貢献のあった中島鋭治が顧問としてかかわり、主任技師仲田聡治郎・技手吉田篤三が中心になって設計・監督したことがわかる。(これは駒沢の配水塔に関する記述です-K.T.)

1924年(大正13)7月、荒玉水道町村組合は、水道界の権威者であった中島鋭治に調査設計を委託した。技師の仲田聡治郎も加わり、渋谷町水道と同じコンビでとりかかった。技手には、小松七郎・岩田鶴市・畦田長保・山崎賢郎の四名が任用された。(中略)しかし中島はいよいよ実施設計というとき、急逝した。享年66歳であった。後を、工学士の西大條覚が継いだ。配水塔のデザインはしゃれている。これをイスラム教のモスクのようだという人もいる。ドーム形の屋根とアーチ窓、上にのる小ドーム、円周通路と持送り、階段室と縦長窓、最上部の窓はここでもアーチ窓になっている。中島鋭治の遺作なのか、それとも西大條覚のデザインなのかは不明だが、その後、このロケット・タイプの配水塔は標準タイプになったらしく、同様なものを埼玉県児玉町(1931年)や千葉県松戸市(1937年)でも見たことがある。(引用の際に横書きに改めるにあたって漢数字をアラビア数字に改めさせていただいた箇所があります-K.T.)

もし上記の資料にあたって、駒沢、野方、大谷口の三物件が中島鋭治博士の設計によるものだという確証が得られたならば、伊東氏はこういう書きかたはしなかったでしょう。駒沢(渋谷町水道)については「顧問としてかかわり」、野方と大谷口(荒玉水道)については「中島はいよいよ実施設計というとき、急逝した。」「中島鋭治の遺作なのか、それとも西大條覚のデザインなのかは不明だ」とする記述からは、こたけさんのおっしゃる「作者不詳とお茶を濁しておいたほうが、よりタンクの神秘性が増す!」といった神秘主義(?)はまったく感じられません。私は伊東氏のこれらの記述に、実証を重んじ、正確を期するよう心がける研究者の科学的合理的な態度があらわれている、という感触を得ておりますので、何度もあちこちに引用させていただいているわけです。

>はっきりとしたオフィシャルな見解としてはどうなるのでしょうか。

現在の東京都のオフィシャルな見解は、おそらく東京都が大谷口配水塔の記録保存のために委嘱した調査委員会の調査報告(未見)に記されているという、野方大谷口両配水塔の設計者は中島洋吉工学士であると思われる、といったあたりになるのだと思います。駒沢のほうについては私はまったく情報を得ておりません。
もっとも、仮にしかるべき筋からオフィシャルな見解が出されたとしても、それが信憑性に欠くるところのある怪しげなモノでしたら、私はぜんぜん信用しないと思いますが。
 

駒沢など

 投稿者:こたけ  投稿日:2007年 4月15日(日)00時37分29秒
  こんばんは。TBありがとうございました。
板橋ライフ、そうなんですか!?(汗 初めて”おまる”の画像を見てしまったのもここだったんですよ。早い時期からその絵が出ていたので、情報早いなぁ~と思ってみていました。
ネットと言う媒体は確かに検証なしの通説が流布しやすいですし。
(もっとも、私自身もその片棒を担いでいることになるのかな??:汗)
はっきりとしたオフィシャルな見解としてはどうなるのでしょうか。
作者不詳とお茶を濁しておいたほうが、よりタンクの神秘性が増す!と言うものだったりするのでしょうかね。
”建設産業図書館”のHPもシンプルで非常に勉強になります。


駒沢も見ていただいてありがとうございます。
公開は10月ですか。リンクも拝見しましたが、やはり敷地の中に入ると見え方も違いますね。というか、あの空間がもう別世界のようです(笑
保存会のHPやこちらを参考に、参加できるならしたいですね。
 

Re: 中島博士

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 4月 8日(日)23時06分51秒
  こたけさん、おいでやす。トップはネタ切れなもんで、大谷口蔵出しモノです。無謀なことに公園の遊具にのぼって撮影したような記憶があります。

区のHPというのは、有限会社いたばしらいふの運営するサイトのことだったのですね。私はあのサイトは民間のサイトだとばかり思っておりましたし、今でもそう思っています。また、あのサイト内の水道タンクに関する記事につきましては Web 上の問題のある“通説”を寄せ集めていっちょ上がり、といったレベルの、かなり出来の悪い学生のレポート程度のモノとしか思っておりません。実は2年以上も前に、あの記事がこの掲示板で話題になったことがありましたので、いささか長くなりますが、ここに私の当時の書き込みをコピペしておきます。

当該記事につきましては、取材の依頼をことわったといういきさつ(2月の業務日報 参照)もあり、また記事の内容にもいろいろと問題がある(最近の 癸卯雑識 参照)ことから、ここでは紹介しないつもりでした。
大谷口給水塔の美しい写真がいっぱいのサイトの掲示板で、ヨソサマのサイトの記事を酷評するのもナンですから。
という事情で、知ってはいましたが紹介する気にもなれず、ほっといたという次第です。
(2005年2月20日の書き込み)

例の記事に対する不満は、いろいろあります。tacho さんがらみでいうと、tacho さんがあっちの掲示板(?)で提起なさった“取り壊されるに至までの、行政からの情報公開が広くなされていない”という問題にまったく触れていないというのは、誠実な態度だとは思えません。もっとも、アタシの見たところではあのサイトは行政べったりでお上には逆らえない体質のようですから、それはまあやむをえないのかもしれません。それにしても、地元町内会長氏の“本当の地元に親しまれる、開かれた施設になるよう都や区との折衝を続けていく”という発言をタレ流しているのにはあきれかえりました。“開かれた施設”という言葉自体は単なるお題目だとは思いますが、それを額面通り受け取ると、不特定多数の人が出入りすることができる給水所にしてくれ、という要望だと理解していいと考えます。その要望が通った結果、テロリストが配水池の水に青酸カリかなんかを入れて多数の死者が出るような事態になったら、だれがどのような形で責任を取るのでしょうか。給水所という施設が高い安全性を求められているということもおわかりではないようですな。まあ東京都水道局がそんなバカな要望を聞き入れるとは思いませんが。都民の安全を考えたなら、大谷口給水所(仮称)は千人規模のJ隊で厳重に警護し、その周辺の治安維持は数百人規模の英豪連合軍にお願いするなどして、水ももらさぬ態勢で臨んでいただきたいものです。
ところで、例の記事が、web 上の“通説”だらけ、ということはここで改めて指摘するまでもないと思いますが、ちょっと気になるのは、水道タンクの北側の公園に板橋区・板橋区観光協会が立てていた、水道タンクの説明を記したボードの荒玉水道の地図の写真が出ていることです。あれはずいぶん前に撤去されてしまったものだと思っていましたが、最近復活したのでしょうか。他の写真にくらべると、あの写真だけ画質が荒いというのも、なんだかヘンですな。
(2005年3月2日の書き込み その1)

いたばしナントカの記事に対する受け止め方は、tacho さんと小生とではだいぶ異なっているようですね。小生は、検索サイトかなんかで集めた情報(その内容の信憑性についてはここでは触れるつもりはありません)をちょこちょことまとめて「~だそうです」「~だそうです」を繰り返す文章は読み気がしないのです。いいかげんうんざりしています。自転車でやってきてデジカメで写真をとっていく好奇心旺盛な一過性のブロガーと同じレベルではないですか。有害だとまでは申しませんが、無益なものだと思っています。
(2005年3月2日の書き込み その2)


ところで、弦巻のタンクの記事、楽しみにしています。一般公開は毎年10月1日に実施されているようですよ。私は2005年に参加させていただきました。当日の写真 を当サイトにも出しております。ご参考まで。
 

中島博士

 投稿者:こたけ  投稿日:2007年 4月 8日(日)21時29分40秒
  こんばんは。トップページがサクラの大谷口になっていますね。なんだかうれしいです(笑

当然ながらtowerさんほどタンク知識が無いので検証するには至れないのですが、
http://www.itabashi-life.com/backnumber/special3/)で見ました。他、大谷口を調べるに当たって、区役所の資料室で古い本なども見ましたが、そこでも中島さんの名前を多く見かけました。
大阪城を作ったのは誰?と言う質問に対して、”秀吉”と答えるように、一番代表的な人が挙げられた、と言うことになるのでしょうか。直前に亡くなってしまったということで、その偉業を称えて!と言うこともあったりしそうです。
これからもいろいろとおしえてくださいね。

それと、昨日弦巻のタンク見てきました。大谷口・野方とはまた趣の異なる王冠タンクでしたよ。記事にするのでよろしければ見てください。
例によって詳細を知らないのでチープな記事となってはいますが(汗
中が一般公開されるようなら見に行きたいです。
 

Re: 大谷口

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 4月 3日(火)23時10分49秒
  こたけさん、おいでやす。
西堀浄水場については、たまたま知識があったというだけでして、実際のところ、知らないタンクばかりです。ウチのサイトで紹介している物件だって、つい最近知ったものがほとんどです。仕入れたばかりの知識を知ったかぶりしてひけらかしているだけですわ。
区のHPで中島鋭治博士を取り上げているとは知りませんでした。いつでもいいですからそのURLを教えてください。ところで、近年の研究では中島洋吉設計説というのがあるそうですよ。この情報は、東日本建設業保証株式会社 のサイト内にある 建設産業図書館三つの配水塔と中島鋭治 というミニ展示のコーナーで知りました。
 

大谷口

 投稿者:こたけ  投稿日:2007年 4月 3日(火)00時37分38秒
  さっそくありがとうございました。
そのとおり、西堀浄水場でした。凄いなぁ~ もう押さえていないタンクは無い!という感じです。東奔西走ご苦労様です。東西のタンク、楽しく拝見させていただきますね。

大谷口の中島さんについての記事も拝見しました。
区のHPなどでも中島さん一人が取り上げられていますが、実際はそんなことだったのですね。
『一将功成りて万骨枯る』
言葉通りです。
新しく作られる給水施設のタンク風建物。中島チームの誰かが関わっていたりしたら面白いですね。
 

Re: アクテノン

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 3月27日(火)22時33分59秒
  うすあげさん、おいでやす。
“アクテノン”は、“名古屋市演劇練習館”の通称だそうですが、演劇の“アクト”と“パルテノン”(柱からの連想でしょうか)を融合させて、“アクテノン”とは、悪名高い“セントレア”もびっくりのネーミングですね。
自分としては“悪夢”+“パルテノン”で“アクテノン”だと勝手に理解しております。
今の表紙の写真は採用予定ですので、ご安心ください。自分ではごくフツーに撮影しているつもりなのですが。
 

アクテノン

 投稿者:うすあげ  投稿日:2007年 3月27日(火)00時24分55秒
  K.T.さま、お久しぶりでございます。トップページ、これが噂の給水塔、アクテノンなんですね。
前回の写真はアプローチの池というか水路というかがなんかヘンでした。タージ・マハルみたいなつくりですよね。なのに正面にあるのは給水塔。しかもドーム屋根ではなくて、名前もギリシア風のアクテノン。
今回の写真はK.T.さまらしいタッチですよね。名古屋のかたたちはこういう風景を毎日見ていて精神に変調をきたさないのだろうかと、クラクラするような写真だと思います。物件センターにぜひ採用してくださいませ。何枚かまとめて見たいです。
 

千葉に東奔、名古屋に西走。

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 3月26日(月)00時39分30秒
編集済
  現在のトップページの写真は、名古屋に西走して撮影した(自分をアホだといってやりたい)モノです。
新座の物件はウチのリンク先の 高架水槽コレクション さんや 給水塔探偵倶楽部 さんで紹介されている西堀浄水場のものだと思います。
大谷口野方の中島鋭治設計説につきましては、ブログのほうで何度も疑念を呈しております(この記事とか)ので、ご参照いただければ幸甚です。
 

またまたまたタンク

 投稿者:こたけ  投稿日:2007年 3月25日(日)23時37分54秒
  こんばんは。
東奔されていますね。私はこのところ仕事で西走することが多いので、多摩地域のタンクを目にする機会が多いです。
青梅街道沿い、多摩六都科学館裏のタンクは成田窓無し物件そのままのような感じでした。
他、新座市の関越近くにも(地図で見ると)浄水場ポンプ場という名前で宇都宮水道塔のような形状のものもありました。
大谷口や野方は中島さんでしたっけ?有名な方の設計のようですが、こういった数あるタンクの意匠は誰の手に成るのでしょうね~
 

Re: RE:

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 2月27日(火)20時53分15秒
  成田の窓ナシ物件は、フチの部分を除けば塗装がほどこされていないようです。
そういう事情で、大谷口の水道タンクを見て育ったヒトには強く訴えかけるものがあるのではないでしょうか。
この形状のモノだと、ふつうはクリームやアイボリーといった無難な色に塗ってしまうように思います。

もう少し近くで撮影した写真を 癸卯雑識 にアップしました。
 

RE:

 投稿者:こたけ  投稿日:2007年 2月27日(火)00時24分42秒
  先日もその近辺で仕事をしていたので、運転中に撮ってみました。
といって、会社デジカメなのでアップは後ほど?
成田のタンクも住宅地の真ん中で存在感を醸していますね。薄い緑や青でなく黒っぽいのもそう感じさせる一因かもしれません。

またいろいろと見せてくださいね。
 

Re: またまたタンク

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 2月24日(土)15時15分28秒
  こたけさん、おいでやす。物件情報ありがとうございました。あるところにはまとまってあるものなのですね。また、このたびは最新鋭機を導入されたとの由、まことにうらやましいかぎりです。小生などは、ビックカメラのカメラ売場に行ってもほしいカメラがない、という状態がここしばらく続いています。

このところ出るとすればもっぱら北関東方面(火の見櫓の半鐘を盗みに行くわけではありません)ですので、多摩方面にはなかなか行けませんが、近いうちに天候を見計らって、出てみようと思います。

下の資料画像は、成田の窓ナシ物件です。
    ▼         ▼
 

またまたタンク

 投稿者:こたけ  投稿日:2007年 2月23日(金)23時06分27秒
  タンク縁 ~(笑
ひとつのもので人がつながっていく。なんだか興味深いですね。そもそもこちらを知ったのも”大谷口”のタンクですしね。

新青梅街道沿いに『多摩六都科学館』という電波塔があるのですが、その近辺にも4基ほど高架槽が確認できました。成田の窓無しタイプ、向原タイプなどです。科学館のすぐ隣、ゴルフ練習場脇にも隠れるようにタンクがありましたよ。

高円寺の夜景も、タンクの存在感に圧倒されますね。
 

Re: あちこちのタンク

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 2月 4日(日)15時35分24秒
  こたけさん、おいでやす。
タンク写真拝見いたしました。
成田の窓のないほうの物件は、私も先日撮影しました。うちのほうでも忘れたころにアップするかもしれません。rierie さんのブログ 風に吹かれて に、近くから撮影した写真があります。それにしても、千城台の坂月高架水槽の時もそうでしたが、rierie さんとこたけさんは、同じころに同じタンクの写真をとってますね。タンク縁というのがあるのでしょうか。
高円寺物件は、以前撮影して、ちょっとだけトップページに出していました(下の写真)。昼間に再チャレンジしようと思って忘れてました。
環七といえば、昨日足立区の環七沿いにある上沼田物件群を見学してきました。色づかいがなかなかのモノでした。
環八砧付近物件は、小田急線の電車からしばしば見ているモノのような気がします。
  ▼     ▼
 

あちこちのタンク

 投稿者:こたけ  投稿日:2007年 2月 4日(日)09時41分41秒
  おはようございます。
今朝、久しぶりに大谷口給水所現場を見に行きました。敷地内部は確実に工事が進んでいるようですね。
今回は、仕事(それ以外もあり?)であちこちに出かけた際に見かけたタンクをお届けに来ました。
よろしかったら見てみてください。
http://photos.yahoo.co.jp/kotakemol04

タワーさんのブログで、成田のものがありましたがこちらのはそんなに格好良くはないですけど(笑

環七高円寺と環八砧付近は意外と見やすいですね。

それにしても実にさまざまな形があって興味深いですね、タンクって。
 

Re: 成田給水塔

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 1月25日(木)23時40分11秒
  今回はいろいろとお世話になりました。ほんとうにありがとうございました。
癸卯雑識 のほうにも書きましたが、市の観光案内板に“給水塔 Water Supply tower”表示されているので、間違いないと思います。勝手にネーミングすると“お仙稲荷配水場高架水槽”といったところでしょうか。
いつになるかわかりませんが、次回はマジメに成田山にお参りするつもりです。
 

成田給水塔

 投稿者:rierie  投稿日:2007年 1月25日(木)20時38分34秒
  素早い行動で!
遠路遥々成田までようこそでした!
K.T.さまのお写真を早く見せていただきたいです。
稲荷様の方から近くに寄れるのですね。
近々、近づいてみたいと思います。

で、あれって給水塔ですよね?

http://blogs.dion.ne.jp/rierievvlove/

 

頌春

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 1月 1日(月)23時24分58秒
  こたけさん、あけましておめでとうございます。
大谷口も百人町も消失して、近場で気軽に行けるところがほとんどなくなって、さびしい限りです。
今日は朝からTVで群馬の駅伝を見て、ロケハンしていました。
選手が桐生大橋を走っているのに、なんで元宿のタンクにレンズを向けないのか、などとブラウン管(うちのは液晶でもプラズマでもないもんで)に向かって文句をいってました。
アホなサイトですが、本年もよろしくおつきあいのほど御願い申し上げます。
 

謹賀新年

 投稿者:こたけ  投稿日:2007年 1月 1日(月)22時12分19秒
  明けましておめでとうございます。

昨年末は大谷口へもずいぶんご無沙汰でしたが、
まあ行ったところで何をやっているかはわからない状態です。できてからのお楽しみ!というにおいすら感じてしまいますよ(笑

『東京水』水道局はHPなどで結構宣伝に努めているようで、大谷口の工事現場でも配布されているようです。
機会があったら、大本の金町や朝霞の浄水場も見学してみたいものです。

さまざまな給水塔情報を楽しませていただきますね。
今年もよろしくお願いします。
 

賀正

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2007年 1月 1日(月)00時33分17秒
  あけましておめでとうございます。
新年ということで、トップページの写真もおめでたい雰囲気のモノを選んでみました。
本年もよろしくお願い申し上げます。
 

いらっしゃいませおいでやす

 投稿者:K.T.メール  投稿日:2006年10月30日(月)00時42分39秒
  こたけさん、こんばんは。

“タンク塔”とはまた頑迷固陋な懐古主義者を挑発するようなネーミングですね。けっこう笑えます。

『東京水』は、そのほとんどがトイレ風呂シャワー洗濯洗車食器洗いに使用されているのですから、もったいないといえばもったいないですね。

大谷口に新しく整備される東京都水道局の施設は浄水場ではなくて給水所ですから、『東京水』の配水と給水所の整備との間に直接の関連性があるとは思えません。東京都がその気になれば、今すぐにでも朝霞で作った『東京水』を大谷口地区に配水することは可能であると私は考えております。
 

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